福島第一原発事故による放射線のリスクコミュニケーション~これまでとこれから~
放射線医学総合研究所
神田玲子
福島第一原発事故のリスクコミュニケーションでは、(1)当初、緊急事態に行われるクライシスコミュニケーションの性格が強かったこと、(2)福島県と遠隔地両方への細やかな対応が不十分であったこと、(3)既存の法令や線量規準で対応できず新たな線量の目安を設けた際に、合意形成のためのコミュニケーションが不足していたことが原因で、一般の方が国と研究者へ根深い不信を抱くようになった。しかしリスクコミュニケーションに関する最大の問題点は、事故前のリスクコミュニケーション不足、特に緊急防護対策の周知不徹底により、福島第一原発周辺住民が回避できるはずの被ばくをした可能性がある点にある。
現在、国がアクションプランを立てて、リスクコミュニケーションに対応できる人材育成に取り組んでいるところである。特に医療従事者や教育関係者には、科学的情報をわかりやすく伝える“インタープリタ”として、住民や保護者の相談に対応することが期待されている。こうした人材の増加により、より細やかな対応が可能になる一方で、リスクコミュニケーションの品質管理が難しくなることにも目を向けるべきである。
平常時における放射線のリスクコミュニケーションが不十分であったため、放射線リスクの理解や受け止め方に大きな個人差が存在しており、中には放射線の量や影響について誤った認知をしている人もいる。そこで、情報の発信者は受け手の放射線に関する知識や認知に十分配慮する必要がある。
しかしリスクコミュニケーションの課題は、こうした「どう伝えるか」といった問題ばかりではない。低線量放射線の健康影響については科学的に未解決な部分が多く、「何を伝えるか」についても問題を抱えている。今後は、低線量放射線の健康影響解明も含め、リスク情報を充実させることが専門家の責務と考える。