日本脳神経外科学会 第72回学術総会 ランチョンセミナー:流れない脳脊髄液 ─Time-SLIP法 CSF dynamics imagingからの観察─

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2014.05.29

日本脳神経外科学会 第72回学術総会 ランチョンセミナー

流れない脳脊髄液
─Time-SLIP法 CSF dynamics imagingからの観察─

日時:2013年10月16日
場所:パシフィコ横浜
共催:東芝メディカルシステムズ株式会社

座長

 

大阪大学大学院医学系研究科脳神経外科学講座
吉峰俊樹先生

 

演者
 
東芝林間病院脳神経外科
山田晋也 先生

脳脊髄液の動態をMRIで画像化する新しい手法としてTime-SLIP法を応用した脳脊髄液dynamics imagingを開発してきた1)。この方法によって生理的、病的な状態における脳脊髄液の動態を無侵襲に直接可視化することが可能となった。脳脊髄液dynamics imaging によって得られた知見はこれまでの正常状態の髄液動態の生理や、脳脊髄液に関連する病気における病態生理の見直しを迫るものと言える2、3)。ここでは最新の臨床画像を紹介し、従来教科書的に述べられてきた概念を覆す脳脊髄液動態に関する新たな仮説を提示する。
 
[KEY Sentence]
●Time-SLIP法によるCSF dynamics imagingは、CSFそのものを自己トレーサーにする理想的なCSF動態観察手法である。
●CSF動態のドライビングフォースは、心拍動だけでなく、呼吸にも影響を受けている。
●CSFは、産生される部分から吸収される部分に向かって川のように流れ循環しているのではないようだ。
●クモ膜下腔はコンパートメント構造になっており、CSFの吸収はシルビウス静脈より中枢側で行われていることが示唆される。
●DESHという画像所見は、正常の脳脊髄液のドレナージルートはクモ膜顆粒ではないであろう事を示唆させる。
●CSF dynamics imagingによって、より詳細なCSFの動きを観察することが可能になるであろう。
 
Time-SLIP法を応用した脳脊髄液dynamics imaging
 Time-SLIP法を応用した脳脊髄液dynamics imagingはスピンラベリング法を基本として脳脊髄液描出に最適化したものである。Time-SLIP法は、まず背景全体にRFパルスをかけることで背景全体の信号を黒く描出し、直後に観察したい部位に再度RFパルスをかけることにより再反転することにより、関心領域内の脳脊髄液を白くラべリングすることができる。ラベリングしてから一定の時間をおいて(1~6秒)撮像するとラべリングされた白く描出される脳脊髄液がラベリングされていない黒い背景信号の範囲に流入することにより、そのコントラストからその時間内に動いた脳脊髄液が描出されるという仕組みである。脳脊髄液動態を可視化する方法には従来からいくつか知られる。MRIのPhaseContrast(PC)法は1心拍の間の脳脊髄液の動きを脳脊髄液が心拍のみに同期して動く事を前提とし、数分間にわたりデータを収集しそれらの加算平均的によって画像を作成している。このため心拍に連動しないようなランダムな動きがあると、脳脊髄液の動きを正確に描出することが出来ないということになる。RIやCTシステルノグラフィーは、脳脊髄液に注入されたトレーサーの移動を数時間から24時間ほどの時間単位で観察する方法である。Time-SLIP法の観察時間は5~6秒間であり、これまで観察することができなかった時間単位の観察であることがわかる。Time-SLIP法は髄液そのものをRFパルスでトレーサーに仕立て上げることできる。とてもシグナル/ノイズ比に優れるためにPC法で必要になるような加算平均の手法を必要としないので、画像として見えたものがその時間内に動いた脳脊髄液であると言える。また、動きのない脳脊髄液を動いていないと言える事もこの方法の大きな特徴であると言えよう。いずれにしてもTime-SLIP法は、脳脊髄液を自己トレーサーとする理想的な脳脊髄液動態の観察方法といえる1~3)
 

図1 呼吸を停止した状態での
脳脊髄液の動き心拍動による動き(青矢印)。
図2 深呼吸によって動く脳脊髄液 a|b
呼気(a)では頭側に大きく移動し、
吸気(b)では尾側に大きく移動する。
図3 体位によって脳脊髄液の動きは変化する a|b
a 仰臥位では脊髄の前方で動きが大きい(赤矢印)。
b 腹臥位では脊髄の背側の髄液が動き出す(白矢印)。
脳脊髄液のドライビングフォースは心拍動だけではない
 脳脊髄液のドライビングフォースが何であるのかを脳脊髄液dynamics imagingの画像から考察する。従来から主たるドライビングフォースとされてきた心拍動による脳脊髄液拍動を描出するために息止めをして呼吸動の影響を排除した状態で撮像する(図1)。次に深呼吸した状態で撮像してみると、深吸気時は頭側方向に向かって脳脊髄液が大きく移動し、深呼気時は尾側方向に大きく移動しているのが観察される(図2)
 深呼吸による脳脊髄液の動きは心拍動による動きの数倍も大きいことが容易に見て取れる。MRI撮像時間はPC法で通常3~4分かかる。この間にはもちろん心拍と呼吸によって脳脊髄液は拍動する。心拍同期によって得られたデータを加算平均することは、呼吸による髄液拍動の要素を考慮していないことになる。
 PC法では収集データにばらつきが出ることが良く知られているが、その大きな原因が呼吸による髄液の動きが心拍による髄液の上にランダムに加わり影響を与えていることが容易に推測できる4)
 さらに、体位の変換で脳脊髄液の動きが変化することが観察される。仰臥位では脊髄の前方にある脳脊髄液だけが動いて、脊髄後方のクモ膜下腔の脳脊髄液は静止しているが、同じ人が腹臥位となることより静止していた脊髄の後方にある脳脊髄液が動く様子が観察される(図3)。腹臥位では脊髄が前方に移動し後方にスペースができるため、抵抗の少なくなった脊髄後方の脳脊髄液が動くのであろう。すなわち、ある体位や姿勢では脳脊髄液が動いていなくても違う体位や姿勢では動くかもしれない、と言うことを考慮する必要がある。
 
脳脊髄液は川のようには流れず循環してもいない
 従来の教科書に記載されている古典的脳脊髄液循環説は、“classical cerebrospinal fluid(CSF) circulation theoryあるいは、bulk flow theory”と呼ばれる。CushingはCSF circulationを‘the third circulation’とよび、血液循環、リンパ循環に並び、循環するものであるとした。その説によると脳脊髄液は脈絡叢で産出され、くも膜顆粒で吸収されるとされる。産生部位から吸収部位に向かって脳脊髄液は川が流れるようにbulk flowを形成するという。しかし近年、多くの研究者がこの説に様々な脳脊髄液生理の側面から疑義を唱えている。
 そして、多くのTime-SLIP法によって得られた画像は、脳脊髄液は「川の流れのように循環しているのではない」ことを示している。脳脊髄液は時間がたつにつれ攪拌により拡散していくが、方向性を持つバルクフローはなく脳脊髄液はただ上下に拍動しているだ
けであることが可視化されてきた。脳脊髄液は正常状態で水様透明であるのでターンオーバーはしているだろう。そして拍動も観察されるが川の様に流れているようなbulk flowは脳脊髄液dynamics imagingで観察されない3)
 
脳脊髄液動態のあらたな仮説
─大脳円蓋部における脳脊髄液の拍動─

 前述したように、古く1925年のHarveyW Cushingの髄液生理の講義で“third circulation”という言葉が使われて以来、「脳脊髄液は循環している」という考え方が定着した。その後、1960年代にRI、CTシステルノグラフィーによるトレーサー実験により脳脊髄液の流れが可視化されるようになった。しかし、この方法はトレーサーとしてのRIやメトリザマイドの移動を観察していたのであり、水自体の動きを直接観察していたのでは無いことに気をつけなければならない。トレーサーの動きが脳脊髄液の動きをトレース出来ていたのかが問題となる。Time-SLIP法での脳脊髄液拍動を観察した後では、RI、CT脳槽造影で観察していたトレーサーの動きは髄液の動きを反映していたものでは無いことに気がつく。トレーサーを注入した場所からトレーサーが観察された場所の連続性は示すことが出来ても脳脊髄液の流れを観察したものではないことに気がつかされる。1964年のDi Chiroの論文によると、実は本文中に、髄液はたぶん脳の何処からでも産生されるし、吸収もされるのだろうけれど、少しは、円蓋部に向かって流れるはずだと書かれている5)。この時代は髄液循環という考え方に対して今よりもむしろ多くの疑問とディスカッションがあったことがよくわかる言い回しである。この論文のなかで述べられている脳脊髄液は脳の何処でも産生されるだろうし脳の何処でも吸収されるという部分はすっかり忘れられて脳髄液循環の部分だけが今日まで引用されているわけである。Time-SLIP法を使って大脳円蓋部における脳脊髄液の動態を観察すると、正常脳、病的脳のいずれでも大脳円蓋部においては脳脊髄液の動きはまったく見られないことがわかる。一方でシルビウス裂内のクモ膜下腔にある脳脊髄液は強い拍動を示す。しかしこのシルビウス裂から大脳円蓋部に連続する脳脊髄液の流れは認められない1~3)。改めてCTシステルノグラフィーによる観察を見てみると、ある時間で、造影剤はシルビウス裂までは到達しているが、脳表には入っていない事が観察される。従来は撮影タイミングの問題で大脳円蓋部に造影剤が未到達な時間帯での観察であろうと解釈されてきたが、Time-SLIP法でのシルビウス裂ないでの脳脊髄液拍動の様子を見ると改めてシルビウス裂遠位端から大脳円蓋部に連続する部位に脳脊髄液に対して抵抗の高い構造物が存在することがわかる(この部位のクモ膜は表在シルビウス静脈に強く癒着している)。クモ膜下腔は抵抗なくすべてが連続しているのではなく、クモ膜下腔がコンパートメントになっていることが解る。脳外科医は手術中、すべてのクモ膜下腔が抵抗なく連続しているのではないことを日常的に目にしている。手術中に、シルビウス裂に侵入してMCAの周囲、あるいはその奥にあるリリクエストメンブランを切開するとすでにクモ膜下腔を解放しているにもかかわらずさらに多くの脳脊髄液が排出されることを経験する。これらはクモ膜下腔がコンパートメント構造になっていることの傍証であろう(リリクエストメンブランは、気脳写をおこなった時にある一定時間の間、脳底槽に空気が留まり其れより遠位に進入しないことから、そこに膜様物の存在を示唆された訳である)。
 
特発性正常圧水頭症のDESH所見からあらたな脳脊髄液の吸収路を推察する
 特発性正常圧水頭症に特徴的なMRIの画像所見としてDESH(disproportionately enlarged subarachoid-space hydrocephalus)が注目されている6)。既存の髄液生理学ではiNPHでなぜDESHが生じるのかを説明できない。動物の脳脊髄液にトレーサーを入れると、色素はくも膜顆粒にはほとんど集積せず、深頚部リンパ節に集積する7~10)。これが水の動きを反映しているのか、高分子のタンパク成分の動きであるか議論の余地はあるが、脳脊髄液と深頚部リンパ系に交通性があることは確かである。このようなリンパ系への交通路が加齢により徐々に閉塞して、その結果脳脊髄液が吸収不良となる。加齢につれ、ついにはそれら脳脊髄液の出口のすべてが閉塞した時に行き場を失った脳脊髄液が貯留することでシルビウス裂と側脳室が拡大し同時に大脳円蓋部のクモ膜下腔が狭小化する独特の形態を説明しうると考える11)。脳脊髄液のドレナージルートは、従来考えられてきたクモ膜顆粒にあるのではなく、深頚部リンパ節へ通じるリンパ系あるいは脊髄根周辺からのリンパ系などにそのルートであることがこの人におけるDESHと言う形態が示唆しているのではないだろうか。
 
まとめ
 Time-SLIP法を応用した脳脊髄液dynamicsimagingのMRI撮像技術の進化によって、ブラックボックスであった脳脊髄液の動態が可視化され詳細が解明されつつある。すでに真の脳脊髄液の動態は、古典的脳脊髄液循環の概念とは全く異なるものであることが明らかであると言える。新しい方法によって新しい知見が積み重ねられることにより、今後さまざまな脳脊髄液動態の仮説が検証され、生理と病態そして病因の真の理解へとつながってゆくと考える。

 
<文献>
1) Yamada S et al: Visualization of cerebrospinalfl uid movement with spin labeling at MR imaging:preliminary results in normal and pathophysiologic conditions. Radiology 249(2): 644-652,2008
2) 山田晋也: MRIを使用した脳脊髄液hydrodynamicsの観察―CSF bulk fl ow imaging―現状と今後の展望. 脳神経外科 37(11): 1053-1064, 2009
3) 山田晋也: 脳脊髄液の生理:脳脊髄液のダイナミクス. 医学物理 32(3): 148-154, 2013
4) Yamada S et al: Influence of respiration oncerebrospinal fluid movement using magneticresonance spin labeling. Fluids BarriersCNS10(1), 2013
5) Di Chiro G: Movement of the cerebrospinal fl uid in human being. Nature 204: 290-291, 1964
6) Kitagaki H et al: CSF spaces in idiopathic normal pressure hydrocephalus: morphology and volumetry. Am J Neuroradiol 19(7): 1277-1284,1998
7) Yamada S et al: Albumin outflow into deep cervical lymph from different regions of rabbit brain. Ame J Physiol 261(4 Pt 2): H1197-1204,1991
8) Cserr HF et al: Drainage of cerebral extracellular fl uids into cervical lymph: an aff erent limb brain/immune system interactions. Pathophysiology of the Blood-Brain Barrier: 413-420, 1990
9) Yamada S et al: MRI tracer study of the cerebrospinal fl uid drainage pathway in normal and hydrocephalic guinea pig brain. Tokai J ExpClin Med 30(1): 21-29, 2005
10) Johnston M et al: Evidence of connections between cerebrospinal fl uid and nasal lymphatic vessels in humans, non-human primates and other mammalian species. Cerebrospinal FluidRes 10; 1(1): 2, 2004
11) 山田晋也: 特発性正常圧水頭症iNPHと脳脊髄液hydrodynamics. 脳21 14(2): 72(164)-77(169),2011
 
(本記事は、RadFan2014年3月号からの転載です)