国立大学法人北海道大学病院医療技術部放射線部門
笹木 工 先生
はじめに
2019年4月から2020年4月までの期間において当院の総外来患者数は764,417人、1日平均3,159人、総入院患者数は284,690人であった。承認病床数は944である。医科、歯科合わせて40を超える診療科から発生するCT検査依頼は33,778件。それらの検査を、キヤノンメディカルシステムズ社製Aquilion ONE ViSON Edition、Aquilion PRIME、フィリップス社製iCT Eliteの3台で対応している。造影CT検査数は18,460件であり、全検査数の約55%に相当する。その造影検査に欠くことができないものが造影剤注入装置(以下、インジェクター)である。小生が入職した当初のCT装置は、X線管の高圧ケーブルがあるため連続回転ができない(撮影毎に回転方向が変わる)シングルスライスCTでX線管熱容量が低いこともあり、肝臓から骨盤まで撮影するのに40分近い時間を要していた。造影検査の場合はバイアル瓶からシリンジに造影剤を移し換えたのち、一定量を放射線科医が用手的に注入し残りを滴下していた。インジェクターが導入されたあとは用手的に注入することはなくなったが造影剤注入条件を何かで規定するという考えがなかったため、各症例とも同一の注入条件であった。そのため患者毎の造影効果にはバラツキがあった。その後に故 八町 淳氏による造影理論が考案され、それを具現化した製品が根本杏林堂社製のインジェクターであった。体重で注入条件を決定するようになり、造影効果の均一化がなされた。装置はHIS/RIS等と連携し、造影剤注入結果画面や注入圧グラフを記録として残せるようになり、漏れセンサーを装備し、造影剤漏れを感知した場合には自動停止するようにまで進化を遂げてきた。本稿では当院の造影CT検査で、根本杏林堂社製インジェクターの機能をフル活用にしている2つの検査について過去に行ってきた実験を通じて紹介する。
造影効果を長く高く保て!:SLIP─ Stable Line Imaging Protocol ─
当院では2012年7月18日よりキヤノンメディカルシステムズ社製Aquilion ONE ViSON Editionの臨床使用が開始された。広範囲を短時間で撮影できることもあり、胸腹部大血管などの広範囲撮影ではその威力を遺憾なく発揮した。しかしMIP画像を観察すると撮影範囲内に濃度差が認められる例が散見された。濃度差の原因について考察し造影方法についてより良い方法を検討することになった。
造影剤のみ、あるいは造影剤注入後に生理食塩水を単純に後押しした時のTime-Enhcancement-Curve(以下、TEC)はある時間にピークを持つような形状となる1〜4)。このピークを持つTECをフラットな状態で一定時間保つことができたら、つまり矩形波のようなTECを作ることが可能であれば広範囲の撮影においてもより均一なMIP画像を得ることができるのではないかと考えた。矩形波のようなTECを実現するためには、急峻に立ち上がり、一定時間保持したのちに速やかに下降することが求められる。そこで根本杏林堂社製の体循環ファントムを用いてTECのデータ取得を行なった。
インジェクターで動作可能な3種類の注入方法(図1)に生理的食塩を追加した計6種類で各TDCを比較しどのような特徴があるのかを調べた。
A-1は注入時間中は速度変化がない。B-1は注入速度の初速が注入終了時に半分になるように連続的に注入速度が可変する。C-1は注入時間の半分まで初速のままであり、そこから注入終了まで注入速度が下がる方法である。いずれの注入方法も370mgI/mLの造影剤を72mL使用し、30秒で注入した。各注入方法に生理食塩水の後押しを加えたものがA-2、B-2、C-2である。A-2およびB-2は造影剤注入速度の終速が生理食塩水の注入速度と同一である。またC-2は注入時間の半分の地点、造影剤速度が低下しはじめると同時に生理食塩水の注入を開始する方法である。いずれの場合も後押しに用いた生理食塩水は30mLである。検討項目はTECの形状およびピーク値(pTEC)とpTECの80%の値が持続する時間(p80)である。各TECと検討結果を図2に示す。
A-1の注入方法に比べてB-1とC-1は注入速度の初速が高いことからTECは急峻な立ち上がりであった。またB-1とC-1は初速が同じことから同様の立ち上がりであった。注入速度の終速が低いほど、急速にCT値の低下が見られた。C-1は最もpTECが大きいがp80は最も小さい結果であった。B-1はpTECの値は他に比べて低い値であるがp80の値は大きくなった。これらの結果から広範囲撮影に適している注入方法はB-1であることが示唆された。その場合、pTECが低下することが予想されるため注入速度が低下する部分を生理食塩水で補い造影剤注入終了後に更に生理食塩水で後押しする方法を考案し、Stable Line Imaging Protoco(l SLIP)5、6)と名付けた。A-1とSLIPのTECを図3、SLIPを適応した下肢血管CTA MIP画像を図4に示す。
A-1に比較しpTEC、p80共に大きくなり、広範囲撮影に適したTEC形状であると考えられた。下肢血管CTA MIP画像では広範囲で均一な濃度が得られておりTEC形状を反映した結果であると思われた。
重度心奇形に対する小児心臓撮影
安全・確実に撮影したい! ─ 小児モード ─
冠動脈CT撮影に代表される心臓CT撮影において非常に多くの留意すべき点がある。検査当日のVital signを確認し撮影前にβ遮断薬の内服を行い、撮影前には呼吸停止の重要性を理解してもらうため撮影前に十分な説明と練習を行い、さらに撮影直前に心拍数を確認し必要であればβ遮断薬の投与を医師に依頼する。では新生児や乳幼児(以下、小児)の心臓撮影はどのように対処しているであろうか。心拍コントロールはできず、しかも非常に高心拍である。鎮静下で検査が行われるため意思の疎通は困難である。このような状況ではあるが安全性を担保したうえで診断に必要十分な画質を提供しなければならない。造影剤漏出を起こさずに良好な造影効果を得ることが必要である。従って小児心臓撮影における造影剤注入はインジェクターが必須である。
従来は小児心臓撮影を成人と同様な造影剤注入後に生理食塩水後押しという方法で行っていたが注入圧がかなり高くなり確保していたルートを破損する例を経験した。また体重が成人とは大きく異なるため設定可能な注入速度や注入量は正確なものではないことに頭を悩ませていたところ、DUAL SHOT GX7には小児モードという小児専用の注入モードが存在していること、造影剤と生理食塩水を効率よく混和してくれるSpiral flow tubeがあることを知った。これらを活用し小児心臓撮影を安全、確実に撮影するための注入条件を模索するため実験を行うことにした。
造影剤のみの注入(以下、A)、造影剤と水の混和注入(混和比率は5:5、以下AB)、生理食塩水のみの注入(以下、B)として、A終了後に遅延なくBに移行する注入方法をA+Bと表現する。これは従来から行われている造影剤注入後に生理食塩水を後押しする注入方法である。このA+Bを基本とし、安全(注入圧が低く、注入圧変動が少ない)に、診断に必要な画質の担保(CT値が高く、持続時間が長い)する注入方法をSLIPの場合と同様に根本杏林堂社製の体循環ファントムを用いて検証した。一定の条件として300mgI/mLの造影剤を60mL、 注入時間を30秒、Bの生理食塩水は30mLである。注入方法は、A+B、A+AB+B、AB+Bである。A+Bでは造影剤2mL/sで60mL注入後に生理食塩水を2mL/sで30mL後押しした。A+AB+Bは造影剤を2.6mL/sで40mL、その後は同じ速度で造影剤を20mL、生理食塩水20mLを同時(混和)注入、さらに2.6mL/sで生理食塩水を30mL注入した。AB+Bは造影剤を60mL、生理食塩水60mLを30秒間同時注入し、その後同じ速度で生理食塩水を30mL注入した。それぞれのTECと注入圧のグラフを図5に示す。
小児心臓撮影を想定し、1mL/sを下回るような注入速度で同様の実験を行なった。注入圧時間を同じとし、造影剤を9mL、生理食塩水を8.1mLとした。造影剤量が60mLの場合と同様の結果となった。
A+Bの注入方法と比較し、A+AB+B、AB+Bの最大CT値はほぼ等しく、また高いCT値を維持している時間も同等である。大きく異なる点はA+AB+Bは最大注入圧が高いことである。AB+Bの最大注入圧はA+Bと同様で、注入圧の変動はA+Bより小さかった。A+AB+Bの注入圧が高くなった理由として考えられるのは流速が急激に変化するために起こる水撃作用7)によるものではないかと考えている。以上の結果から、従来の注入方法と最大CT値、持続時間が同程度あり、最大注入圧、注入圧の変動を抑えることが可能なAB+Bが小児心臓撮影に適していることが示唆された。
これまでの検討は混和注入時の造影剤と生理食塩水は同量であり比率は5:5であったが比率を変化させた場合について、より安全な造影検査を行うために注入圧に着目し追加の検討を行なった。はじめに混和注入にて造影効果が担保されるかどうかの確認を行った。造影剤60mL、注入時間30秒、後押しの生理食塩水を30mLとした。混和注入の比率は、10:0、9:1、8:2、7:3、6:4、5:5である。10:0は造影剤のみであり、5:5は造影剤と生理食塩水が同量である。結果のTECを図6に示す。
注入速度は10:0では2mL/s、5:5では4mL/sであり、その影響がTECの立ち上がりに見られるが形状そのものはほぼ同一であり造影効果は担保されることが確認できた。
次に注入圧を検討するため混和注入時間を20秒、後押しの生理食塩水を20mLとし、成人の造影条件を考慮した370mgI/mLの造影剤を3、4、5mL/sで注入した場合と、小児の造影条件を考慮した300mgI/mLの造影剤を0.5、0.6、0.7、0.8、0.9、1.0mL/sにて注入した場合の注入圧の比較を行なった。それぞれの造影剤濃度で、混和比率が10:0で造影剤のみの注入圧で正規化した相対値を縦軸としたグラフを図7に示す。成人を考慮した条件では8:2や7:3で注入圧が低下する傾向があった。小児の条件では多少のばらつきはあるが同様の傾向にあると考えられた。
混和注入では生理食塩水が増加することにより、造影剤濃度が低下による注入圧の低下と注入速度が上がることに伴う注入圧の上昇という2つの影響が同時に起こっているものと考察された。
以上の検討結果から小児心臓撮影の造影剤注入条件としてAB+Bを用い、ABの混和比率を8:2または7:2にすることで安全に造影検査ができるものと考えられた。臨床画像と注入圧グラフを図8に示す。
おわりに
DUAL SHOT GX7に搭載された機能がなければ実現できない2つの造影手技を、当院で過去に行ってきた実験内容を通じて紹介をした。興味を持っていただき、是非みなさまにも使用していただきたいと考えている。
謝辞
実験やデータの解析にご尽力をいただいた当院CT担当の諸兄に感謝の意を表する。
<文献>
1) A Kazuo et al. Simulation of aortic peak enhancement on MDCT using a contrast material flow phantom: feasibility study. American Journal of Roentgenology 186.2: 379-385, 2006
2) 寺沢和晶; 八町淳. 頭部および頭頸部 3DCTA における造影検査法の検討. 日本放射線技術学会雑誌 60.3: 423-428, 2004
3) BAE Kyongtae T et al: Aortic and hepatic peak enhancement at CT: effect of contrast medium injection rate–pharmacokinetic analysis and experimental porcine model. Radiology 206.2: 455-464, 1998
4) FLEISCHMANN, D. High-concentration contrast media in MDCT angiography: principles and rationale. European radiology 13.3: N39-N43, 2003
5) Sasaki T et al: “Optimal injection protocol (method) for long range 3D-CT Angiography (The Stable Line Imaging Protocol/SLIP).” European Congress of Radiology-ECR, 2014
6) YAMAGUCHI, Aogu; SASAKI, Tsukasa. Optimal injection method for long-range computed tomography angiography. Radiological physicsand technology 10.3: 301-310, 2017
7) http://www.jwrc-net.or.jp/qa/04-31.pdf