私は小説の上では、一切コロナ禍の世界は書いていません。
小説の中でくらい、コロナのことは忘れたい、
忘れさせたいと思ってしまいます。
診療放射線技師 兼 BL作家
春原いずみ 先生
Twitterアカウント@isunohara
■ 仕事編
Q診療放射線技師になった動機、やりがいを教えてください。
就職に困らなくて、一生やっていける仕事ということで、医療系に進むことは中学に入った頃から決めていました。
診療放射線技師を選んだのは、語感がかっこよかったからです(笑)。
やりがいは「任せてもらえる」範囲が大きい仕事であるということでしょうか。オーダーする医師よりも先に画像を見ることになりますので、さらによく「見える」ように、角度を調整したり、体位を変えてみたり、いろいろと工夫し、考える余地のある仕事であるというところです。飽きることがありません。
Q作家になった動機、やりがいを教えてください。
子供の頃から本好きで、たくさん手当たり次第に読んでいるうちに、自分の好みにぴったり合うものがなかなか見つからないことに気づき、それなら自分で書いた方が早いなと思いついてしまいました。社会人になって、2カ所目の就職先を退職し(私は転職癖があって…今の職場で7カ所目です)、事情があって、2カ月くらい無職をやっていた時に、ずっと書きためていた小説を4本リライトして、出版社に送ってみました。そのうち「春原いずみ」名義のBLものが2社で採用になり、今に至ります。人生ってわからないもんです(笑)。
やりがいというか、やはり、読者さんに感想をいただくのが一番嬉しく、モチベーションが上がります。
Q作家業を始めて変わったこと(生活スタイルなど)は何ですか?
たぶん一番知りたいことと思いますが(笑)経済状態がよくなりました。値段を確認せずに本を買えるようになりました!丸善本店で、頭の中で電卓叩かずに買い物カゴ持って、文庫本を爆買いした時はテンション上がりました!
Q診療放射線技師として得意な事柄はなんですか?
私には転職癖がありまして、今の職場が7カ所目になります。今まで、病院3カ所、検診会社2カ所、開業医2カ所に勤務しています。その他、応援や出張など、1回限りの仕事もいくつかしているので、一体何カ所の職場を知っているのか、自分でもわかりません(笑)。たぶん、20カ所近いのではないかと思います。そんな職歴を持っていますので、得意といえば、初見の機械をすぐに使いこなせることでしょうか。器用貧乏と言ってしまえばそれまでですが(笑)どこに行っても、即戦力としていただけるのはありがたいことです。ただ…就職したその日に出張とか、3日目にポケベル呼出とか、あまりありがたくない特別待遇も。
私のように転職が特技になっちゃいけませんが(笑)、自分の望む働き方のできる職場を求めるのは、悪いことではないと思います。人間関係や労働条件でつらいことがあるなら、次のステージに進むのもありと思っています。そのためには、今の職場できちんと仕事上のスキルを磨くことが大事ですが。診療放射線技師という仕事はそれが可能です。
Q副業を始める前の不安や葛藤はありましたか?
正直なところ、長く続くとは思っておりませんでしたので、あまり深く考えずに二足のわらじを履き始めました。しかし、執筆依頼が途切れることなく続き、ある編集者から「いつ仕事を辞めるんですか?」と問われた時、専業になって自分を追い込んで、果たして、私は小説を書くモチベーションを保ち続けることができるだろうか? と考えました。私にとって、小説を書くことは日常からの逃避であり、また逆に、日常の仕事で出会うさまざまな出来事が小説を書く上での「ネタ」ともなり…昼と夜の仕事が自分の中の両輪であることを再認識してからは、迷うことも全くなくなりました。
Qこれからの展望(お仕事面)
診療放射線技師としては、そろそろ転職癖は卒業したいです(笑)。今はコロナの影響で、日常業務に消毒作業などが割り込んできていて、なかなか実現しないのですが、今の職場は骨密度(DEXA法)検査の数がとても多く、月に200件を越える月もあります。このデータを何かの形で分析して、まとめられるといいなと思っています。作家としては、今年秋に出す本で、著作が100冊となります。これからも自分のペースで、読者の皆さまに楽しんでいただける物語を書いていけたらと思っております。
ある一日のスケジュール
5:30 起床。
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6:45 出勤。職場までは、車で20分ほどです。整形外科、歯科、介護施設を併設している開業医勤務です。
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7:10 職場到着。医院の玄関は6時過ぎに出勤する院長が開けてくれるので、私は院内の窓を開けたり、機械や電子カルテの立ち上げ、その他雑用を片付けます。
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8:20 診療開始。本来は9時からなのですが、院長が外来に降りてきてしまうので(笑)。
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12:30 午前の診療終了。コロナ禍で密を避けるために、食事は院内で分散して摂ります。私はMRIの操作室で、自作のおべんとうを食べます。当院は介護施設を併設しているため、頼んでおけば1食300円で給食を食べることもできます。昼休みが1時間30分あるので、その間にノートパソコンで仕事をすることもあります。短いゲラはPDFで来るので、テザリングでネットに繋ぎ、ゲラを受け取って校正し、昼休みのうちに戻すことも。
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14:00 院内清掃。スタッフみんなでお掃除をします。開業医ならではですね(笑)。
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15:00 午後の診療開始。
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18:00 診療終了。残業はほぼありません。
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19:00 買い物をして帰宅。夕食は母が作ってくれるので、片付けは私がします。ついでに、翌日のおべんとうを作って冷まし、冷蔵庫にしまっておきます。朝は火を使いたくないので(笑)。
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21:00 もろもろすませて、2階の自室に。ここから、ようやく小説の仕事を始めます。といっても、すぐに始めることはまずなくて(笑)、メールをチェックしたり、SNSに書き込みしたり(Twitterのみですが)してから、ようやく…ですね。
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1:00 就寝。日付を跨ぐ前に寝ることはほとんどないです。ちなみに執筆はベッドの上です(笑)。ベッドの上に座り、ノートパソコンを膝の上に抱えて、締め切り前には数時間執筆します。同業者や編集者には信じられないと言われますが、28年間、このスタイルです。
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■ プライベート編
Q仕事とプライベート(育児や家庭、趣味など)との両立はどうされていますか?
嫁に行けなかったので(笑)、両立しなければならないほどの家庭生活はないです。私がする家事程度なら片手間で十分です。有休はコロナの影響もあって、親の通院時に使うくらいですね。早く県を跨ぐ移動をしたいです(現在、職場から禁止されています)。バレエと歌舞伎を観るのが好きなので。と言っても、 締め切り前の修羅場でドタキャンしたことも数知れず…。
Q若い人に向けて一言いただけますでしょうか
私は診療放射線技師ですので、こういう言い方になりますが。
「意思の見える仕事をしてください」
他院の画像を見ることがよくあるのですが「何を撮影しようとしたのかがわからない」画像が散見されます。具体的に言うと、画面の真ん中に撮影対象が入っておらず、所見のある部位が端っこに写っていたり、切れていたりする画像。被爆させる必要のない部分にまで照射野を広げた画像。とにかく頭から足まで、漫然と撮影されたCTなどです。
とりあえず写っているからいいや…大きく照射野を取っておけば、どこかには写るだろう…そんなプロ意識に欠けた仕事をしてはいけません。
「ここを見てほしい」
そんな意思がはっきりと見える仕事をしてください。これは小説の世界でも共通することではないかと思っています。
■ 春原先生に聞きたい!
Qコロナ禍で思う事はありますか?
去年、講談社で『Day to Day』というアンソロジーのお仕事をさせていただきました。一度目の非常事態宣言の出た四月七日から、一日一作家が担当して、ショートストーリーやエッセイを書き継いでいくというものです。私は自キャラである救命救急医と看護師のカップルが感染症医療の最前線に立たされながらも、何とか日常を紡いでいこうとする姿をショートストーリー仕立てで書かせていただきました。多かれ少なかれ、医療職に就いているものは、みな同じような立ち位置にいるのではないかと思います。最前線でない私でも10キロ近く痩せるくらいには負担になっていますので、感染症と向き合っているみなさまのご苦労には、本当に頭の下がる思いです。
『Day to Day』では、そうしたコンセプトもあって、コロナに触れる形の作品を書きましたが、実は私は小説の上では、一切コロナ禍の世界は書いていません。これは私の甘えというか、逃げなのかもしれませんが、小説の中でくらい、コロナのことは忘れたい、忘れさせたいと思ってしまいます。小説は『どこかに飛ぶ』ためのアイテムと思っています。そしてまた、小説は残るものと思っています。「今」に止まらず、「明日」も楽しんでもらえるよう、あえて、コロナのことは書いていません。
Q新刊「無敵の城主は愛に溺れる」の見どころを教えてください!
医者ものはよく見ますが、開業医を主人公にしたものはそうそうないのではないかと(笑)。特にBLというジャンルにおいては、やはりメインキャラはかっこよかったり、美しかったりすることが多いのですが、本作の開業医コンビは、紹介先の病院に転送を断られて、何カ所も問い合わせし続けたり、読影をどこに頼もうか悩んだり、持ち回りの夜間診療にかり出されたりという、ごく普通の開業医としての生活や仕事をしています。私の小説の特徴というのは、この「ひとつまみのリアリティ」だと思っています。「もしかしたら、こんなドクターたちがどこかにいるかもしれない」。そんな風に、ちょっとにやにや楽しんでいただけたら。
Q初めて刊行した本が書店に並んでいたときはどんな気持ちでしたか?
今でもそうですが(笑)「逃げたい」です。実際、新刊が出てから1カ月くらいは、書店のBL売り場には近づきません。なければないで哀しいし、あったらあったで「売れてないのかな…」と哀しいし。人間の基本がネガティブにできているようです(苦笑)。
QどうしてBL作家に?
裾野が広いからでしょうか。BLというのは不思議なジャンルで「恋愛をきちんと書いてあれば、後は何でもあり」なんですね。ですから、ミステリーあり、ファンタジーあり、アクションものあり…なんです。当然、私が主に書いている医療ものも、ひとつのジャンルとしてありです。それと…これは純粋に私の嗜好ですが(笑)、BLだと「いい男」が書き放題なんですね。やはり、男性キャラが登場人物のほとんどを占めるので、さまざまなタイプの「いい男」を書けるのは、BLならではと思います。
Q座右の銘は?
『The flowing water is never off』
『流れる水は腐らない』
水は流れ続けていれば、腐ることがありません。立ち止まることなく、常に進み続けていきたいと思っています。まぁ、そんなことを言っているせいか『安定』とはほど遠い人生を送っています。しかし、それもまた一興。わりと楽しく生きています
Qご自身の作品で一番のお気に入り、またはお気に入りのシーン、キャラクターを教えてください
一番愛着のある作品は20年ほど前に完結した『逢えるかもしれない』『夢の扉』『鏡の迷路』『夢のある場所』の4冊から成る、通称『吉永×内海シリーズ』です。私の医者ものシリーズの原型で、ここに春原いずみの原点があると言っても過言ではありません。整形外科医と消化器内科医が主人公で、医療過誤や専門の重なる医師同士の対立、医学生の実習などを題材に取っています。このシリーズには、前述の通りとても愛着があり、シリーズが完結した後もずっと同人誌でさまざまなエピソードを書き続けています。
一方お気に入りのシーンは、別の作品で最近のものになりますが『恋する救命救急医~キングの企み~』の中で、陽圧換気で緊張性気胸に移行した症例を緊急に解除するシーンです。全然BLっぽくないです(笑)。でも、救命救急センターを舞台にした、このシリーズの雰囲気を端的に表したシーンとして、とても気に入っています。