全ては、スタートを切る前までの体験が、その後を左右する
株式会社PixSpace 代表取締役
阪本 剛先生
■ 仕事編
Q診療放射線技師になった動機、やりがい
私は、広島県立保健福祉大学(現 県立広島大学)放射線学科に入学し診療放射線技師のライセンスを取得した後、2008年に株式会社AZE(現キヤノンメディカルシステムズ)に入職しました。放射線学科を志望した動機は、褒められた理由ではないのですが、2度目のセンター試験においてマークミスをしてしまい「自分の成績で入学できる公立大学」を絞った結果です。私の父親が医薬品の販売代理店にて営業職であったこともあり、医療系の大学に入学したとは言え「どこかのタイミングで企業の営業職に就職できれば」と考えていました。その矢先の2年次にAZEの創業社長 畦元将吾氏が私の大学の講義を担当され、そこで「AZEに就職したい」と意志を伝えたところから、私のキャリアが始まります。AZEは、画像解析用のワークステーションを開発販売する会社でした。
AZEには、アプリケーションスペシャリストとして配属されますが、2010年末にはマーケティング部、2013年に開発、そして2015年から退職するまでマーケティング部に所属していました。そこでは主に製品企画や特許取得、学術関連のサポートを行っておりました。ほかにも機器展示会などではプレゼンターとして製品紹介を行っていました。単純にプレゼンだけでなくワークステーションの競合他社と横並びで機械を配置し、同じCTデータを各社が同時に読み込んで解析を紹介する機会も数多く経験しました。そのような場において、自身でデザインしたソフトウエアを自身の手で操作して、会場から高い評価を得たときは、最高のやりがいであったと言えます。
当時のAZEは40人程度の小さな会社であり、一人で様々な仕事を抱えておりました。そのおかげもあって、日本では全ての都道府県に出張できましたし、8年で60回近い海外出張を経験することができました。激務ではありましたが大変多くの経験をさせていただきました。経験の多様さが、もっとも「やりがい」を感じる瞬間でもありました。
Q会社を立ち上げた動機、やりがい
私が大学に入学する頃の2004年頃は「金持ち父さん貧乏父さん」という本が流行った時代でもあります。また、在学中は堀江貴文社長率いる株式会社ライブドアが隆盛を極めておりました。いわゆる「ITベンチャーブーム」の時代です。その中でまだ社会も知らない大学生ですから「起業してみたい」という意志だけは心に収めておりました。そしてAZEに入職し、様々な経験を収め、2014年のAZE創業者 畦元氏が経営から退かれた時に「起業してみたい」という思念が一層湧いてきました。その頃から準備を始め、2016年に株式会社PixSpaceを起業し代表取締役として仕事を始めるに至ります。
PixSpaceでは汎用ワークステーションでは対象にされない、一層「研究寄りの領域」にアプローチすべく、画像解析のソフトウエアを開発しています。そのため、一般的には知られていない医学的な知見をいち早く知れる立場に身を置くことができております。さらに自身の意志でやりたいことを決定できるため、例えば、Deep Leaningなどの当時の新しい技術を早々に体験することも可能です。また、海外の学会にも、会社の指示なしに自分の意志で参加できます。自分で「知りたいことを知れる」「見たいものを見れる」ということは、本当に素晴らしいことだと思います。
先にも述べたとおり、私のキャリアは企業のマーケティングとして始まりました。また、私はマーケティングのプロセスでも製品開発の上流に位置する立場でした。製品を企画し、仕上がった製品を使ってプロモーションしていました。その手の人間にとって「可能な限り、製品開発のすべてのプロセスを自分で携わってみたい」と感じるのは必然のように思います。それは「業務としての製品企画だけでなく、開発に対する経費やそれを賄う営業、その他の資金に係るプロセスも携わってみたかった」というのが起業に至った最大の動機と言えます。今は製品開発の業務以外にも経営者として細々とした業務に追いやられていますが、これもやりがいの一つです。
Q会社を始めて変わったこと(生活スタイルなど)
起業すると、良くも悪くも仕事と生活が一体化します。法人の役員には就業規則はございません。良く言うと「働きたい時間に働くことが出来る」ということができます。とはいえ、私の場合は今も昔も「出張族」ですので、出張してビジネスホテルで宿泊することが多いです。その点で仕事のスタイルは、当初の想定ほど変わっていません。普段の仕事に決まったスケジュールはないのですが、新型コロナウイルス警戒中の現在ですと、午前中にWebミーティングを行い、日中は製品の評価や営業用の資料を作成していることが多いと思います。
私は今、私服で仕事をしています。この点がこれまでと大きく異なるところでしょう。スーツは出張の日以外は着ません。この自由は、失いたくない重要なポイントです。私にとって起業するまでの全ての生活は仕事に従属していました。仕事が私の生活を支配していたのです。しかし、せっかく起業したからには、それを逆転させたいと思いました。つまり、今は生活が仕事を支配しています。生活の中に仕事がある。生活やプライベートが仕事より優先されます。それを可能にする働き方を実行している最中と言えます。
また、私は起業に伴って、東京から福岡県の小倉という土地に移住しました。理由は様々ですが技術開発に都合が良かったこと、オフィスの家賃が安価であったこと、福岡空港で低価格の飛行機を利用できるため、移動交通費も低く抑えられそうだということによります。とくにコロナ禍でリモートワーク推進によって、顧客と直接Webミーティングすることが増えましたので、一層仕事における地域性は薄れていったように思います。また、知らない街に移住すると、これまで知り合うことができなかったような人とも知り合うことができます。これによって、今まで知らなかった知識や経験が更に増え、自身の心理的な安定にもつながっているように感じます。
~ある一日のスケジュール~
6:30 出張先のホテルで起床。その日は東京の秋葉原で宿泊していました。
9:00 出発。
10:00 仕事先のある神田駅周辺到着、取引先と打ち合わせ開始。
12:00 打ち合わせ終了。取引先とランチミーティング。
13:00 次の仕事先である中野へ移動。
14:00 納入業者と仕事先でのプレゼンの打ち合わせ。
15:00 プレゼン実施。弊社の製品であるBD-Scoreという解析ソフトの紹介を行いました。
17:00 プレゼン終了。東京駅へ移動。
18:00 新幹線で東京から京都へ移動。
21:00 京都駅到着。駅前のホテルで宿泊。翌日の仕事を終え、小倉へ帰る予定になっております。
■ プライベート編
Q仕事とプライベート(趣味など)との両立
先に「生活やプライベートが仕事より優先される」と申しましたが、実は飲食以外は無趣味な人間でした。ただコロナ禍において出張の機会が激減し、これまでより圧倒的に自宅にいる時間が多くなりました。そんななか、私が中学生の頃(1998年頃)に界隈で流行っていたトレーディングカードゲームが、インターネットを介してプレイできることを知りました。プライベート時間が有り余っていた私はそれに興味を持ち、Youtube上に公開されている解説動画を参考に遊んでいました。ちょうどその時「自身でYoutubeチャンネルを作れるのではないか?」と思い立ち、自身のチャンネルを作成し、2021年1月27日から動画の投稿を開始しました。それを半年ほど続けた6月中旬に
Youtubeチャンネルの収益化に成功します。
私は医療機器の会社でマーケティングを学んできましたが、一般的なマーケティング論からは遠い存在で、最初から自己流でした。常々思っていたのが「私のマーケティングセンスは一般的に通用するのか?」です。そう思っていた中、自身のYoutubeチャンネルを持ち、これまでのマーケティングノウハウを持って遊んでみようと考えました。その結果、無名の人間がわずか5ヶ月以内で収益化の条件(登録者1,000人、総再生4,000時間)を達成することができました。
私はこれまで、医療機器界隈における小さな企業のマーケティングの人間でした。しかし、誰でも参加できるYoutubeの中で、短時間で収益化まで持っていくことができたことは、一般的に通用するマーケティングスキルが備
わっていたと考えられます。私にこのようなスキルが備わったのであれば、それは前職のおかげであり、上司や先輩達のスキルは「一般的に良質であった」と言い換えることができます。この達成で医療業界のマーケティングスキルが「一般業界との互換性がある」ということを確信し、少なからず達成感を得ることができました。
これによって、今では私は趣味として、副業としてYoutubeへ動画の投稿を行っております。しかし、このノウハウはPixSpaceでの動画マーケティング戦略にも大きく役立っており、趣味が仕事に相乗効果をもたらす良い例だと思いました。
Q若い人に向けて
「若い人」というより、何かチャレンジされる人に向けてお伝えしたいのは「チャレンジ後の成果はチャレンジ前の仕事で殆ど決まっている」ということ。そして、私が起業して最も頻繁に思うのは「前職でしっかり仕事をしていてよかった」ということです。前職の仕事を、今のお客様が評価くださり、仕事をいただけるようになっているからです。ご挨拶に伺うと「あの阪本さんですか?」と言われることが多くあります。また仕事を消化するスピードも、それまで経験していたこと以上に体験することは難しくなります。これまで仕事を教えてくれた優秀な先輩も周りにいなくなります。全ては、スタートを切る前までの体験が、その後を左右します。なので、何かチャレンジを考えるなら、今を疎かにせず、集中されてほしいと思います。
■ 阪本様に聞きたい
Qリリースされている製品のイチオシを教えてください
PixSpaceは全身拡散強調画像の解析アプリケーションである「BD-Score」が最も業界に知られている製品と考えております(図1)。拡散強調画像から高信号のピクセルを特定して、ボリュームとADC値の統計値を計算するソフトです。執筆の時点でリリースから3年半が経過しており、弊社に報告いただいているものでは8本の論文が公開されています。主に泌尿器科で認知いただいておりますが、血液内科でも認知が高いです。他にも呼吸器外科や消化器外科など、オンコロジー界隈で研究に使用されております。
拡散強調画像つながりでは「PP map」というアプリケーションもリリースしております(図2)。こちらは3つの拡散強調画像からIVIM(intravoxel incoherent motion)におけるPerfusion Fraction(灌流割合)に相当する値を計算するものです。造影を伴わない拡散強調画像から灌流に関わる情報を抽出できると期待されており、頭頸部腫瘍を始めとし、腎機能の評価、消化管腫瘍の評価などで研究が進められております。
「造影を伴わない」という画像解析はPixSpaceが最も注力する分野です。ここに弊社はDeepLearningを用いたアプリケーション開発を行っており、例えば心房細動に対するアブレーションで用いるナビゲーション用の3D画像を、非造影のCTから自動で作成することが出来るアプリケーションの開発を行っております(図3)。循環器領域の疾患を持つと腎機能も同時に低下していることが多いため、本来では造影CTで3Dを作成するところ、可能であれば非造影のCTで作成したいという要求がございました。そこにPixSpaceではDeepLearningで学習させたプログラムを内蔵することで、自動抽出を可能にしています。こちらもDeepLearningの研究用にリリースされており、評価が進められています。
Qこれからの会社としての目標
私にとって会社は一つの表現物であり、生活の一部です。一般的に起業といえば出資を受けて上場し、株式公開を目標にされると思いますが、私は全く思想が異なります。会社は私の理想の生活を実現する「表現手段」ですので、身体的・精神的な健康を維持した上で「こういうことがやってみたかった」というようなアプリケーションを開発し、発展していければと考えております。