働き方ノート Vol.17 小林健一郎先生

2023.06.21

起業して診療訪問技師になったのはある患者さんとの出会いです

■ 仕事編

・診療放射線技師になった動機・やりがいは?

 私は工業高校出身で、所属科は情報技術科でしたが、特にパソコンに詳しいこともなく、勉強は中の下くらいでした。頭のいい同級生は大手企業に就職か、工業系の学校に進学していました。私自身は工業系にあまり興味がなく、当時は就職氷河期の真っただ中で就職先も少ない時代でした。そんな中、医療系に進む同級生が居たこと、母が病院給食を作る仕事をしていたこともあり、漠然と医療系の仕事に興味を持っていました。看護師や理学療法士、ソーシャルワーカーを目指している人もいましたが、友人の親族に診療放射線技師をされている方がいらっしゃいました。このとき診療放射線技師という職種を初めて聞き、レントゲン撮影をする人というイメージで目指す人は少ないだろうと思い選んだことを覚えています。当時からあまり人と一緒のことをしたくないという考えがあったと思います。

 診療放射線技師として、15年ほど地域の中核病院に勤務していた時は、CTやMRI、超音波などで検査をこなすということを仕事とせず、疾患を見落とさない現場力で検査に臨むという意味で大変やりがいを感じていました。一般撮影技術も整形領域では患者様の症状や可動域に対応した撮影法で撮影を行うなど、突き詰めると職人のような職業だと思います。

・なぜ訪問技師になられたのか?

 私が訪問技師を目指すきっかけとなった一つにある方との出逢いがあります。まだ病院勤務していた頃、ある在宅医師のご紹介で吉田久人さんという方にお逢いしました(図1)。吉田さんは、24歳の頃にALS(筋萎縮性側索硬化症)と診断されました。24時間介護が必要になりますが、難病の受け入れ事業所が近くになかったため、ご自身で自宅での24時間365日介護の事業所を立ち上げるプロジェクトを実施されています。吉田さんからは「年数回の定期検査での通院が負担になっている。自宅で検査が出来たら非常に助かる」と伺いました。自宅での検査を希望する人に対し、それが提供されていない現状を目の当たりにし、私が訪問技師を目指すきっかけとなりました。それから5年ほどが経ち、訪問技師として吉田さんと再会し、実際に主治医立ち合いのもと在宅でのレントゲン撮影を実施することができました(図2)。吉田さんには、私の事業立ち上げの背中を押していただいたと思っており、とても感謝しています。

図1 「Stand Up in Bad」ベッドでALS等重度障がい者向け訪問介護事業所を起業、寝たきりだからこそ生きる喜びを発信する吉田久人さん
図2 吉田さんと再会し、ご自宅でレントゲン撮影を実施。一つ念願を叶えられた時
の写真です

・在宅医療に関わる理由

 私が在宅医療に関わりたい理由は、在宅医療が一般化している現状に対し、在宅に携わる診療放射線技師が他の職種より圧倒的に少ないからです。看護師やリハビリスタッフの在宅医療の介入は早く、現在では独立する人も大勢います。また、栄養士や臨床検査技師の在宅医療の進出も目立ってきています。実際に在宅医療の現場で活躍されている診療放射線技師の方はいらっしゃいますが、他の職種と比べると在宅医療への進出はまだ進んでいないように感じます。創業前に関東で、訪問レントゲン撮影を行っている診療放射線技師さんと、お話する機会がありました。色々なお話を聞く中で印象に残ったことは、「在宅撮影のニーズはあるが、診療報酬として加算が取れない。診療放射線技師としての使命感を持って仕事はしているが、部門売り上げとしての費用対効果が低く経営側に認めてもらえない」とのことでした。

 当時、私はまだ病院に勤務していましたが、ニーズがあることや実際に在宅専門の診療放射線技師の方がいらっしゃることは私にとって大きな衝撃でした。在宅医療に診療放射線技師が必要な時代が来るかもしれない、自分もやってみたい!そんな思いから在宅医療に興味を持ち、関わりたいと思うようになりました。

図3 コロナ陽性者の訪問レントゲン撮影

・起業した理由

 以前の職場の上司が病院勤務をしながら会社経営をされており、その姿を身近に見て自分も起業してみたいと思いました。最初は、大きな母体にいる安心感もあり、病院勤務をしながらダブルワークを目指していました。しかし、勤務しながらの起業は、どこかで甘えが出てしまい、本気になれず、成功するイメージが持てませんでした。思い切って病院を飛び出したことで、いろいろな方に出逢い、助けていただきました。これまで出逢った皆さんにお力添えをいただいたおかげで、やっとスタートラインに立てたように思います。まだ創業したばかりで手探りの日々ですが、少しずつ進んでいるところです。

・会社の概要、特長など

 熊本を拠点として、九州管内でポータブルレントゲン撮影装置一式のレンタルを行っています。在宅レントゲン撮影や施設利用者様の健康診断時におけるレントゲン撮影などの利用に最適です。ベッドサイド、車椅子、リクライニング車椅子など多様なポジショニングでのレントゲン撮影が可能です。医療機器の販売も行っており、ご施設に合った機器選定のお手伝い、導入後のオペレーションにも対応しています。地域の在宅検査を確立させる為に、これまでの技術や知識を提供する診療放射線技師としてだけでなく、システムや機器等を含めた在宅・訪問検査を実現できる環境を提供する会社を目指しています。

・起業してどうか?大変なところ、やりがいなど。

 ここ数年、起業やフリーランスなど組織を飛び出た働き方が注目されています。私もそのブームに乗っかったような一人ですが、既に起業されている方から「世の中は不条理な事ばりなので、それに打ち勝つ精神力が大事だ」と言われました。まさにその通りだと思います。病院勤務時代は、仕事は毎日ありますし、休んでも代わりはいます。提示された金額が毎月振り込まれますし、税金の計算もしてくれます。辞めたら当然これらは補償されず、自分から金額を提示して、価値を売り込まないと仕事はありませんし、代わりもいません。しかし、認められ喜んでいただき対価が生じた時、非常にやりがいを感じます。

 何かを手放すことで、入ってくることも多くあります。いろいろな方に出逢って助けていただきながら、大変ですが楽しくやっていけているので現時点で後悔はありません。

・在宅医療に携わってみて

 実際に在宅医療に関わるようになり一番思ったことは、地域全体でいろいろな職種が関わりあい、一人の患者様に対応しているということです。所属も違う、職種も違う人たちが常にやりとりを行い、独居の高齢者のご自宅には、毎日さまざまな方が出入りすることで、その方を支えています。現在は、病院勤務時代では関わることのなかった職種の方々と「デスカンファレンス」や「グリーフケア」などの研修に一緒に参加しています。これまでの診療放射線技師としての知識や技術の習得ではなく、人としての気づきや人間力を学んでいるようで非常に勉強になります。ターミナル期のシビアな現場にも立ち会うこともありますが、これらの学びを活かして在宅医療に貢献していきたいです(図4)。

図4 訪問レントゲン撮影の様子

・これから診療放射線技師をめざす方に向けて一言

 「ラジエーションハウス」が放送されて診療放射線技師がトピックスに上がることが増えていますが、これからの診療放射線技師の未来を考えると技師+αの技術を身につけることが大切ではないかと思います。診療放射線技師を目指しつつも、興味のあることや医療とは違う分野にも積極的に介入し、新たな出逢いや技術を見つけることで未来の機会損失を回避できると感じています。そうなると将来、いろいろな働き方をする診療放射線技師が増えてくるのではないでしょうか。

座右の銘「大義名分」
 私が、非常にお世話になっている方が言われており、自社の理念に入れている言葉です。これまでの既成概念を崩すことは、今の日本では難しいことが沢山あります。具合が悪くなってから病院にいって検査すればいい、巡回健診以外でわざわざ診療放射線技師が外に行く必要ないと言われたら、おっしゃる通りかもしれません。ただ、それを必要としてくれている人が少しでもいらっしゃるのであれば、自分がやるべき事として頑張れると思います。自分がやりたいこと、やれる事を楽しく、一生懸命やることに尽きると思います。

■ プライベート編

・ある一日のスケジュール

5:00起床、神棚の水換え、植物の水やり。
6:00撮影装置一式を車に詰め込み、出発。
9:00在宅医療をされているクリニックに到着、撮影者データをPCに入力。
10:00クリニックを出発し、在宅でのレントゲン撮影に向かう。
13:00クリニック近くの「道の駅」で美味しい昼食タイム。
14:00午後の訪問レントゲン撮影。
16:00高齢者施設でコロナ陽性者のレントゲン撮影(図3)。
17:00機器を片付けて、現地を出発。
19:00帰宅前に通いのサウナで整える。
20:00自宅に帰って、晩酌して寝る。

・趣味

 趣味はサウナです。病院を退職し1年ほど単身で関東へ行ってお仕事させていただいていましたが、その際に埼玉の草加健康センターで出逢い、休みの日は朝から晩までここで過ごしていました。九州に戻ってからも、北は北九州から南は鹿児島まで、仕事で行く際にはGoogleで「近くのサウナ」と検索し整ってから帰ります。熊本には、かなりディープなサウナスポットがあります。「湯ラックス」、「富合サウナランド」、「田迎サウナ」(図5)の3つです。個人的には、水風呂の水質を重視しています。サウナブームで「整う」が流行りましたが、自分では決して流行に乗ったとは思っていません(笑)。

図5 水風呂は地下水が掛け流し。飲める水風呂、無人サウナで有名。