公益財団法人神戸医療産業都市推進機構(FBRI)と東京エレクトロン(株)、(株)島津製作所は、ヒトiPS細胞(人工多能性幹細胞)とES細胞(胚性幹細胞)の培養培地の経時的な測定の結果、未分化維持および分化開始時に分泌される特定成分が細胞の分化状態の判断指標になることを突き止めた。この発見によって、細胞を壊さずに未分化維持および分化の状態を判断できるようになる。将来的には、培養中の細胞状態をリアルタイムで計測する工程管理に用いることを想定している。研究では島津製作所製の超高速液体クロマトグラフ質量分析計「LCMS-8050」を用いた。3社による共同研究の成果は6月26日にScience Signalingで発表された。
1.背景
ヒトiPS細胞とES細胞は多能性幹細胞と呼ばれ、未分化*1な状態を維持しながらほぼ無限に増殖する能力(自己複製能)と、細胞に分化刺激を与えると色々な細胞や組織に分化*2する能力(分化能)を有している。2つの能力を兼ね備えることで、多能性幹細胞から再生医療に使われる分化細胞を、移植に必要な細胞数を整えながら製造することが可能となる。
一方、未分化状態の細胞は、未分化細胞維持培地で培養されているが、培地の交換頻度が適切でない場合や、細胞が過剰に増えた状態で培養を続けると、未分化細胞は自然に分化を始める。このように分化細胞が未分化細胞の中に混じった状態で分化へ誘導すると、目的の細胞に100%分化しないことが想定される。仮にこうした不完全な細胞を移植に使った場合は、十分な効果が得られないことが考えられる。従って、iPS細胞やES細胞を用いた安全かつ有効な細胞治療の実施には、細胞の分化状態を培養液の解析を通じて、細胞を壊すことなく簡便にモニターすることが欠かせない。そのためには「分化状態を判断する指標」を作る必要があった。
2.研究手法・成果
このたび神戸医療産業都市推進機構と東京エレクトロン、島津製作所は、島津製作所製の超高速液体クロマトグラフ質量分析計「LCMS-8050」を用いて、未分化状態と分化が始まった状態のiPS細胞、ES細胞の培養培地を経時的に分析した。その結果、「細胞が未分化状態で維持されているときには、培養液中にキヌレニンが分泌されていること」「未分化細胞が分化を始めるときには2-アミノアジピン酸が分泌されること」を同定した。これら2つの因子を指標にすれば、細胞を壊さず培養液の分析により分化状態を判断できる。
具体的な流れとしては、未分化細胞は必須アミノ酸であるトリプトファンを細胞に取り入れてキヌレニンを作り、キヌレニンが細胞質内のAhR*3と結合することで、細胞の核に移行し未分化維持遺伝子の発現を誘導すると考えられる。一方、細胞は分化刺激を受けると、未分化状態から脱するために、キヌレニンを分解して細胞外に排泄する分解経路が働き始める。その結果、キヌレニンは分解され、分解経路の最終産物である2-アミノアジピン酸を細胞外に排出するようになる。このように培地中に2-アミノアジピン酸を検出すると分化のスイッチが入ったことが分かる。
3.波及効果および今後の予定
培養液に分泌される分化因子を同定したことで、iPS細胞の品質管理をリアルタイムに非侵襲的かつ簡便に実施する手法として活用することが可能。これを応用することで、安全なiPS細胞由来細胞の移植医療への貢献につながる。培地分析を通じた細胞の持続的な品質監視(in process monitoring)が有効な品質管理手法になり得ることを示している。
<論文タイトルと著者>
Kynurenine signaling through the aryl hydrocarbon receptor maintains the undifferentiated state of human embryonic stem cells
Takako Yamamoto, Kunitada Hatabayashi, Mao Arita, Nobuyuki Yajima, Chiemi Takenaka, Takashi Suzuki, Masatoshi Takahashi, Yasuhiro Oshima, Keisuke Hara, Kenichi Kagawa, Shin Kawamata
<用語解説>
*1 未分化 : 特定の細胞に変化していない状態
*2 分化:色々な細胞や組織に分化する能力
*3 AhR:芳香族炭化水素受容体
●お問い合わせ先
株式会社島津製作所
URL:http://www.shimadzu.co.jp/