関西IVR報告 ~豊富な経験があるのはわかる。科学にしましょう~

2012.07.10

 最初から本題とはずれて恐縮だが、荒井保明先生が国立がんセンター中央病院の院長に就任された。本当に素晴らしい大ニュースである。放射線科IVR医が日本の癌診療のトップに立ったことを、心の底から喜んでいる。放射線科という井の中にとどまらないよう、彼が今までどれほど努力してきたか、ひたすら敬服するばかりである。私が彼と初めて会ったのは、30年近く前、画像医学会の肝腫瘍をテーマとしたシンポジウムであった。彼が愛知県がんセンターに移ってまもない頃で、私は京都大学の大学院生だった。信じられないだろうが、私の演題は肝腫瘍のPET診断だったし、彼の演題も確か、転移性肝腫瘍のCT撮像手法の話だった。その後も語り尽くせないほど思い出があるが、それはまた別の機会にしたいと思う。何はともあれ、彼と長年の知己であることは、私にとって誇りである。

 さて、2012年7月7日に大阪OBPクリスタルタワーにて、日本Interventional Raiology学会第32回関西地方会(第53回関西IVR研究会)が開催された。OBPは大阪ビジネスパークの略で、咲洲のように中心街から遠いわけではない。ただ大阪・梅田駅から公共交通機関を乗り換えていくには、少しややこしい。新幹線・東海道線・東西線・阪急線・京阪線・地下鉄が、梅田周辺で微妙にずれているのが、大阪なのである。会場を一歩出れば、窓から見事な大阪城が見下ろせる。会場自体も天井が高く、前に人が座っていてもスライドが見やすい。ただ参加者が多かったために、少し手狭であった。この時期、適当な会場探しは本当に大変だと思う。特に関西IVRは、世話人が決まる頃には多くの会場が予約されてしまっているのではないだろうか。

 関西IVRも最近は、ランチョンセミナーを除けばすべて一般演題ばかりである。39題もあるから、仕方がない。総会の翌月と言うこともあり、数演題を除いてほぼすべてが、数例以内の症例報告であった。もちろん症例報告といっても、さすがに関西では面白い症例が多かったし、討論も活発であった。ただ噛み合わない不毛な議論が増えてきているように感じるのは私だけだろうか? 皆さん経験豊富なのは結構だが、「専門家の意見」というのは、エビデンスレベルでランキング最下位である。なお朝早くから多くの参加者があり、お昼前後はかなり混雑していたが、夕方には少し閑散としてきた。かく言う私も、4時頃にはすっかり疲れ果てて少し早めに失礼してしまった。申し訳ありません。

 ランチョンセミナーは、関西医科大学の教授に就任された谷川 昇先生の、「骨病変に対するIVR」と題された講演であった。RFAや椎体形成術など、エビデンスの現況から薬事承認・保険償還の問題まで網羅されており、非常に教育的な素晴らしい講演であった。一番正直で良かったと思うのは、転移性骨腫瘍に対するRFA治療の成績を例示され、「Prospective試験で検討すると、Retrospectiveな研究で報告されたデータに比べて、有効性が低い。そして合併症の頻度が高い」と明言されたことである。その通りで、だからこそ客観的な多施設共同の臨床試験が必要なのである。以前にも紹介したが、「人は見たいと欲するものしか見ない」と、シーザーは述べている。医者もそうであろう。治療して良くなった患者は過大評価しがちだし、合併症からは「あの症例は特別」と、つい目を背けがちである。「痛み」のような客観評価が難しいQOL項目がエンドポイントになる時はよけいに、Retrospectiveな研究の成績は眉に唾して読まなくてはならない。

 症例報告では、初っぱなからNBCA関連で5題が続いた。NBCAを使いこなせるIVR医が増えたというか、NBCAの使用が日常臨床になっているのがよくわかる。したがって討論も多い。ただ残念ながらこの領域は、エビデンスが殆どない上に、薬事でも適応外使用が続いている。出血を生じた多発性腎動脈瘤の症例では、「このような症例ではNBCAは使うべきでない、エタノールの方が優れている」「イヤ、NBCAの方が優れている、正しい治療だった」という、不毛な討論があった。お互い、適応外同士、No Evidence同士なのである。20年前とまったく変わらない議論を、いったいいつまで続けたら、IVR医はその愚かさに気づくのであろうか。

 緊急の止血に関しては、「本当に適応があったのか?」という議論が数回あった。これは極めて重要なことである。実際の臨床の現場では、IVR医が「何とかしてくれ」と他科医から懇願され、「このままではショック死するかもしれない」という思いから、適応に多少の問題があっても無理してIVR治療をすることが稀でない。それは仕方のないことだと思うし、批判するつもりは毛頭無い。ただ、それで結果として救命に成功した症例は常に、IVRが奏効したのだと盲信するのではなく、「ひょっとしたら患者さんは、全身療法が奏効して、IVRをせずとも改善したのかもしれない」と振り返る冷静さが必要なのだと考えている。もちろん、わざわざ依頼医にそれを話す必要はないと思うが。

 転移性肝腫瘍に対するIVR治療の演題でフロアから、「最近は肝細胞癌の症例が激減したので、これからは転移性肝腫瘍に手を出さないといけない云々」という発言があった。気持ちはわからないではないが、それは不適切な考え方であろう。医師は患者さんのために医療行為をなすべきなのであって、「この仕事が減ったから今度はこれをやってみよう」といった不純な動機があってはならない。もし医療関係の記者がその発言を聞いていたら何と思ったか、どのように記事に書かれたか、考えて欲しいと思う。

 症例報告が多い中、和歌山医大から興味深い臨床研究が2題続いた。残念ながらどちらも、本来の担当者が別件で発表できず、まともな討論にならなかったのが残念である。1つはずっと地道に研究されてきた溶解時間可変型ゼラチンスポンジの初期成績であった。溶解時間を2日に調整して使用し、有効性は変わらず、血管障害は明らかに少なかったとのことである。すごく面白いのだが、ジェルパートがあり、ビーズがまもなく承認されそうな状況で、いつになったらその製剤が日本の臨床現場で使えるようになるのか、その現実性を考えると、少し暗い。またもう1題は、ミリプラチンをサスペンションとエマルジョンで比較検討した報告であった。「それは真にエマルジョン状態なのか?」というフロアからの質問には、残念ながら明瞭な回答が得られなかった。なお封筒法による無作為化の問題点はまだ許容範囲だが、「両者の有効性に有意差がなかったので両者は同等」であるかのように結論づけていたのは正しくない。比較研究で「有意差が無かった」という結果は、「一方が他方に比べて優れている」という仮説が証明されなかったことを意味するだけであり、両者の同等性を証明したり担保したりするものではない。

 門脈圧亢進症のセッションでは、多種多彩な静脈瘤へのアプローチがされていたが、一番面白かったのは、肝硬変・腹水・肝細胞癌の患者に生じた直腸静脈瘤破裂の1例であった。経皮的に上直腸静脈を穿刺し、そのルートから塞栓が施行されていた。確かに後腹膜出血のリスクはあろうし、欧米なら100%TIPSだろう。しかしながらIVRの歴史は、このような勇気ある? 症例によって築かれてきたのは間違いない。次回も安全だという保障はないが、Last Resortとして知っておいて損は無かろう。なお治療後のCTで、肝細胞癌結節に空気が認められ、壊死に陥っていた。門脈から逆行性に塞栓されたのかもしれない。この点でも興味深く拝見した。

 その他、消化管ステントや尿管損傷の治療、PICCの成績に関する発表もあったし、拝聴できなかったが、ステントグラフトやPTA関連の症例報告も多数発表されていた。さすが関西だと思う。これらの極めて豊富な症例の蓄積が、次世代に「科学」として継承されていくことを望んでやまない。それでなければ、対象となられた患者さんたちに申し訳ないと、強く思うのである。