乳腺超音波セミナー
※マークのある画像は、クリックすると画像が拡大されます。
【KEY Sentence】
●乳房超音波検査の問題は、人間の目が認識しないと、特定の病変が見つからず、診断もできない。
●Comprehensive Ultrasoundは、超音波のBモード、ドプラとエラストグラフィのすべてで最高レベルの精度管理をキ
ープするもの。
●現在世界の主流は、Strain Imaging 法、Shear Wave Imaging 法どちらの方式でも、no manual compression
が最も信頼性が高い方法だとされている。
●超音波検査の理想は、「がんではないこと」を針も刺さずに診断することである。
Comprehensive Ultrasoundは診断精度の向上に必要な概念であり、最近認知度が上がってきている。Comprehensive Ultrasoundというと、よくBモード、エラストグラフィとドプラの組み合わせ、と勘違いされるが、実際には超音波検査の精度管理のための概念であることを認識してほしい。本記事は乳腺超音波検査でこの新たな概念を提唱している中島一毅先生にご講演をいただいた内容を基に作成された。
分解能200ミクロンの重要性
前述のように、超音波の方位分解能、空間分解能はMRI、CTを超えている。高性能なMRIでも、方位分解能は1ミリ、2ミリのレベルだが、超音波では0.2ミリ(200ミクロン)の識別が可能である。
この200ミクロンという点が重要である。乳癌の石灰化は、がんの壊死によるものが問題となる。がんは、必要な栄養血管を自分で作れない場合、血管壁からの酸素と栄養によって生きている。酸素と栄養の浸潤性進達距離は200ミクロン程度と言われている。つまり、壊死型石灰化は1方向につき200ミクロン以上という距離がなければ発生しないため、石灰化の存在は直径400ミクロン以上のがんの存在を示すことになる。よって200ミクロン以上の分解能があれば、このようながんを見つけることができるはずである。また、それよりも小さく見えないものは急いで治療する必要のあるがんではないと思われる。これが現在の装置でのBモード画像のレベルで、微小ながん病変も石灰化も十分探し出せる能力があるはずである。
精度管理された最高レベルの画像で総合的に診断するのが
Comprehensive Ultrasound
Comprehensive Ultrasoundは、Bモードとドプラとエラストグラフィを一緒にしたものだとよく言われる。確かにMRIでT1強調、T2強調、造影、 DWIなどのモードを比較しながら、診断を進めるように、Bモード、ドプラ、エラストグラフィを切り替えながら使用し総合的に診断を進める点はそう考えてもらってもいい。
このComprehensive Ultrasoundという言葉は、2013年1月に「Breast Cancer」に発表した論文1)で提唱した概念である。Comprehensiveというと辞書では総合的、包括的などの意味があるが、別に「最上の」という意味もあり、総合、包括、最上の超音波検査、つまり、超音波のBモード、ドプラとエラストグラフィのすべてが最高レベル精度で撮像され、診断に用いる手技というニュアンスのネーミングである。
硬さを見るエラストグラフィ
Elasticityとは弾力性、硬さのことである。乳癌の硬さについて持論を述べさせていただく。
200年以上前、華岡青洲先生が世界で最初の全身麻酔で乳癌手術を実施された。この際の乳癌手術記録の写本には、乳癌が「乳岩」と書かれていた。つまり昔から日本におけるがんというのは岩の様に硬いものという認識があったことが理解できる。そしてこの硬いものを見るために、エラストグラフィは作られた。
エラストグラフィが国内市場に最初に登場したのは約10年前で、日立メディコ(現在の Hitachi Aloka Medical)からの発売であった。その後、各他社からも発売され、現在では、ほとんどのメーカーの超音波診断装置がエラストグラフィを搭載している。しかしエラストグラフィの問題は、各メーカーの装置のエラストグラフィの性能、推奨撮像法が大きく異なることである。もともとBモードでも結構違っているのだが、エラストグラフィは、原理も方式も異なり、当然ながら感度などの性能、分解能などの画質、撮像法までもが異なり、メーカーの数だけ種類がある状態であった。
東芝SMI―低流速の血流を非造影で描出できる新しいドプラ技術
ドプラの場合も、押さえる場合と緩める場合で画質に違いがでる。押さえると消え、緩めると出てくる像がある。言い換えると、押さえて検査をしている場合、検査者は血流なしと判断する。ドプラ診断の結果に大きな差が出るのはこのためで、押さえ方を緩めることができるかどうかが鍵になる。前述したBモードコントラストの内容とあわせると、探触指圧を緩めると、Bモードのコントラストが上がり、エラストグラフィもno manual compressionになって、きれいに描出され、細かい血流も描出される。この考え方では、ドプラとエラストグラフィとBモードを高精度に撮像する技術は共通している。この撮像技術と診断方法がComprehensive Ultrasoundの基本概念である。
「Superb Micro-vascular Imaging(SMI)」は、不要なドプラ信号(モーションアーチファクト)を除去し、低流速の血流を非造影でも描出できるようにした新しい血流イメージング技術である。SMIにはカラーモードとモノクロームモードがあり、私はどちらも重要と考えている(図5)。カラーモードの方は病変の血流分布を訓細に確認できる。モノクロームモードでは、さらに微小な血流の視認性が改善されるため、血流の有る無しの判断にすぐれる(図6)。カラーで全体像を把握して、モノクロームで特定の部位の血流の有無を確認する、という方法をとっている。切り替えはボタン1個の操作でできるので、お勧めの方法である。カラーだけで判断すると、病変なしと判断してしまう場合も、モノクロームに切り替えることで違いが判別できる場合があるのでご注意願いたい。
精度管理のポイントは人である
現在の超音波検査で利用可能な情報をまとめると、高分解能のBモードでは、ビームフ
ォーミングとフォーカシングにより病変の位置と分布、形態がはっきりわかるようになった。石灰化も、重要ながんの石灰化はほぼ見えると言える。高感度・高分解能のドプラでは、圧迫をかけたり緩めたりして、血流が本当にあるかないかを判断でき、その分布もわかる。エラストグラフィでは硬さの有無と程度、分布がわかる。情報量が多いと精度が上がるのは、同じものを1方向から見るのと、2方向、3方向から見るのでは判断精度が改善するのと同じである。この3つの情報が何度でもボタンひとつで切り替えられるということは臨床的なアドバンテージである。
エラストグラフィで最も精度が高いのが圧迫しないno manual compressionであるので、no manual compressionのエラストグラフィを用いながら、SMIを使ってBモードを見るという方法がよいと言える。ポイントは「押さえない」、「そっと当てる」こと、プローブを皮膚に垂直に保つことである。特にエラストグラフィでは垂直性がずれるとシフトエリアが変わり計算値が変わってくるので、垂直性は絶対キープしてほしい。乳房は柔らかく、前方に突出しているので、場所によって探触子をあてるべき角度が変わる。そのためプローブの角度の微調整が常に必要である(図7)。
装置に対する理解は、検査者によってばらつきがある。そのため精度管理の話が出てきたのだが、精度管理のポイントは機械ではなく、人であることを忘れてはならない。自信をもって診断するにはBモード、ドプラ、エラストグラフィすべての精度が高いことが必要で、何れのモードも精度が高くなる(再現性が高い)条件はほぼ同じである。
がんではないという診断も大切
日常診療で最も相談数が多いのは、嚢胞、線維腺腫である。嚢胞、線維腺腫とわかり異常なしとできればそれで良いわけである。よく勘違いされるが、がんを探す必要はない。「がんではない」ことを簡単に保証できれば、患者のメリットは極めて大きい。超音波検査の究極の目的は、「がんではないこと」を針も刺さずに診断することである。図8の病変であるが、一見、腫瘍に見える。しかし、エラストグラフィでは中がほとんどグリーンで時々赤いひずみが入る状態であり、線維腺腫と診断できる。東芝のエラストグラフィではドプラ方式を利用しているためノイズが少なく線維腺腫の診断が容易である。
症例
1.良性の疾患である腺症と判断した例
図9は、完全に腫瘍があるが、血流がない。エラストグラフィで見ると、あまり硬くないこともわかるので、腺症か線維腺種が疑われる。本例は、細胞診にて、過形成の良性の疾患である腺症と判断をした例である。
図9 良性の疾患である腺症と判断した例
2.乳頭種
図10はエラストグラフィで部分的に硬いところがあるが、血流は1方向から入って来ているだけである。乳頭腫の特徴であるが、これだけでは実際の確定診断は難しく、細胞診等が必要である。
3.アポクリン非浸潤性乳管癌(アポクリンDCIS)の例
図11は、アポクリン非浸潤性乳管癌(アポクリンDCIS)の例で、エラストグラフィで見ると、はっきりと硬いしこりが中にあるが、血流はあまりない。切除標本の病理像では、小さい腺管構造の集合体であり、アポクリンDCISであった。
4.嚢胞内病変
図12は、嚢胞内病変で、中に何かの仕切りがある状態だが、ここの血流は明らかにいろんな方向から血管が入ってきていて、エラストグラフィでは中に硬い部分があって、液体を周りに伴っているものとわかる。これは浸潤性乳管癌であった。
図12 嚢胞内病変(浸潤癌)
5.乳頭のそばにある腫瘍 浸潤性小葉癌
図13は乳頭のそばにある腫瘍であり、血流が多い。これは見逃しやすい典型パターンである。エラストグラフィで見ると、非常に硬く、横に青い線の層が出ている。浸潤性小葉癌であった。この周辺のエラストグラフィで青い部分には乳管内小葉癌(LCIS成分)進展が認められた。エラストグラフィではがんの乳管内進展の部位が青い層構造の硬い乳管として確認できるので、切除範囲の決定に有効である。
〈文献〉
1) Nakashima K et al:Comprehensive ultrasound diagnosis for intraductal spread of primary breast cancer. Breast Cancer 20(1):3-12,2013
2) Barr RG, Nakashima K et al: WFUMB guidelines and recommendations for clinical use of ultrasound elastography: Part 2: breast. Ultrasound Med Biol 41(5): 1148-1160,2015
3) 中島一毅ほか:乳房超音波エラストグラフィ 2013, 日本超音波医学会(JSUM)乳腺の Elasticity imaging に関する用語・診断基準作成小委員会, 日本乳腺甲状腺超音波医学会(JABTS) 精度管理研究班 Elastography 小班,2013
4) Shiina T:JSUM ultrasound elastography practice guidelines: basics and terminology. Journal of Medical Ultrasonics 40:309-323,2013
5) Kudo M et al: JSUM ultrasound elastography practice guidelines: liver. Journal of Medical Ultrasonics 40:325-357,2013
(本記事は、RadFan2016年1月号からの転載です)